アゲハ蝶
【アゲハ蝶】
まるこやの前には鉢に植えられた小さな金柑の木がある。
金柑の木が魅せる新緑の芽吹きや白い花、そして果実が成る様から
季節の移ろいをお客さんに楽しんで頂ければという思いがある一方、
アゲハ蝶が好きで観察を趣味としている息子の為にも育てている。
最初は単に育てているだけの僕であったが、
段々と息子のそれに引っ張られていくうちにいつの間にか僕自身の趣味ともなってしまい、
今では息子と僕の二人体制で金柑の木を大切に育てるようになった。
アゲハ蝶、、、まるこやにいるのはナミアゲハという種なのだが、
ナミアゲハの幼虫はミカン科の葉っぱを食べて成虫になる。
卵から孵った幼虫は、1齢⇒2齢⇒3齢⇒4齢⇒5齢という成長段階を経て前蛹⇒蛹⇒羽化⇒成虫となる。
期間としては、幼虫で4~6週間、前蛹・蛹で1~2週間、成虫で2週間くらいなので、寿命としては約2カ月だ。
蛹(サナギ)の前後で姿が全く異なること、つまりイモムシとチョウの姿が全く異なることを完全変態と言う。
さて、まるこやのナミアゲハさん達は今年の猛暑でもモリモリと金柑の葉を食べ、元気いっぱいに育ち、
立派な翅を広げ、世界へと日々羽ばたいている。でも決して全てが前途有望だったわけではない。
卵がハエに寄生されたり、幼虫がカマキリに襲われたり、体力が尽きてしまい蛹のまま永眠したり、
羽化の際に翅が折れて飛べなくなったり。。。
一生懸命に生きていても一瞬のうちに命が奪われてしまう厳しさが常にそこにはあるのだ。
電柱、道路、建物、車などに囲まれた秩序ある人間社会の中の小さな小さな金柑の世界は
弱肉強食と運だけが秩序という野生の世界。
そこから羽ばたけた子たちが強くない訳がない。
犠牲になったたくさんの仲間の夢や希望も一身に受けている気さえ僕にはしてしまうからだ。
「ガンバレ!」「逃げろ!」「負けるな!」
まるこやの軒先で舞っているアゲハ蝶を見ると、いつも心の中でたくさんのエールが交錯してしまう。
アゲハ蝶も力強くも優しい羽ばたきでこちらのエールに応え、青天へ自由に精一杯舞っていくように見える。
そんな時、僕は表しようのない感動と勇気を受け取るのだ。
これからも幾多の困難が待ち受けているのだろう。
でも、いつかきっと子孫をつなぎにまるこやへ帰って来てくれると息子と僕は信じている。
ナミアゲハさん達に尊敬の念を抱きながら、今日も僕は金柑の木に水をせっせとあげる。
ナミアゲハさん達に尊敬の念を抱きながら、今日も息子は学校の宿題をせっせと仕上げる。
ナミアゲハさん達に尊敬の念を抱きながら、今日も妻は夏の紫外線を避けるように家にこもる。
まだまだ残暑が続く晩夏だが、アゲハ蝶が舞う空の向こうには確かに秋を感じるようになった。
もうすぐ夏が終わるのだ。
今年の夏も本当に素晴らしかった。
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